雑記

適応障害やらかしたりもしたけれど、私はげんきです。

こんにちは、うさみしんごです。

 

 

あまり大きい声では言いたくないですが、1社目の会社で2ヶ月くらい休職していたことがあります。

 

 

その後、むりやり早く復帰して結局、退職するに至りました。

 

今、振り返ればどうかしてたんだけど、当時は本気で「もう生きていけない」と思ってました。

 

 

今回は生々しい話も丸出しで、やっていこうと思います。

 

重たいかもしれないけど「後になればこんなもんよ」というメッセージを込めて。



バスタブで夜を明かした日々。

私が適応障害で休職するまでの流れをお話ししましょう。

 

 

結婚が決まった直後に転居を伴う異動になりました。

 

異動先から通える範囲での新居探しをして、新生活スタート。

 

 

妻の職場と新しい職場の間に家を借りました。

そして、新生活が始まった直後、妻がパワハラ被害に遭います。

 

デスクを始末されて、立たされて「お前何やってんの?」と晒し者にされるレベルの仕打ちをいくつもされてました。

 

 

結局、妻は電車に乗れなくなるくらいめっためたにされました。

 

時を同じくして、私は私で会社でしごかれます。

 

 

慣れない仕事、慣れないお客。

 

 

昔ながらの人間関係で稼ぐ系の上司の下で、愛想が悪い、コミュニケーション能力が低い、と言われながら仕事をしていました。

 

 

ちょうど仕事が増えた時期も重なり、体調不良者も出てくる中で「発達障害なんじゃないか?」とか言われながらやってました。

 

 

そのうち、回らない仕事、自分とは合わない営業スタイル、家でボロボロになっている妻の間で擦り切れました。

 

 

毎晩、24時を過ぎて帰宅。
帰宅後は眠ることもできずにバスタブやトイレに明け方まで篭ります。

 

 

お湯を張っていない空のバスタブに、横たわり一晩過ごします。

 

 

狭い場所って落ち着くんです。

 

 

明け方、シャワーを浴びて、自分が出来ないコミュニケーションや至らないところを繰り返し考えながら、6時くらいに会社に向かいます。

 

 

毎朝、毎晩ゲロ吐いてた。
頭や背中も血が出るまで掻きむしってた。

 

 

頭が回らず、何かを頼まれる度にパニック。

 

休職直前は簡単なメール作成に40分くらいかかってました。

すぐにやらないと、と全てのことを同時にやろうとしてパンクしていました。

 

 

 

少し余裕があると、どうやったら死ねるかしか考えてなかった。

 

 

半年くらいそんな生活をしていました。

家族との生活はもちろん終わってました。

 

 

生きていてはいけない、と思っていた。

今でこそ不思議に思えますが、相当なレベルで自己否定をしていました。

 

 

自分は仕事が出来ない。
与えられた仕事も回せない。
満足にコミュニケーションも取れない。
言われたことが理解できない。

頭が悪くて、行動力もない。
愛想も振りまけない。

仕事が終わらない、出来ない、どうしよう。
怒られる、怒られる。

 

 

どこにいてもきっと一緒で、迷惑にしかならない。

 

 

今の仕事をやめたら、きっとどこにも雇ってもらえない。

今の会社しか雇ってくれないのに、満足に仕事が出来ない。

 

 

役に立たない、だからもう。

生きていけない。
死ぬしかない。

 

 

当時の日記も残ってますが、本気でここまで行ってました。

 

 

毎日、行きと帰りにホームから線路に飛び込みたかった。

でも、できなかった。

そんな日を繰り返していました。

全治2年。

とまあ、重たい話が続きましたが今では立ち直っています。

 

 

元気です。

では、どうやって立ち直ったのでしょうか?

 

 

仕事を辞めて田舎に帰りました。

 

 

まるまる2年間使いました。

 

 

まともに頭が回るようになるまで半年。

そこから、日常で自分を責め過ぎないようになるまで半年。

少しずつ新しいことを始めてみるのに半年。

少しずつ自信を取り戻していくのに半年。

 

 

そして、ようやく転職して戻ってきました。

 

 

幸い、それなりにいいところに拾ってもらえてステップアップも出来ました。

 

 

でも、一度は「もうどうにもならないなら、せめてゆっくり暮らしたい」と全てから逃げて田舎に帰りました。

 

 

そこまでしないと、立ち直れないんですよ。

そこまでしたら何とか立ち直れました。

とりあえず元気。

今は子供2人と妻がいて。

 

毎週娘とプリキュアを楽しんで、みんなでお出かけして。

仕事だってそこそこやる気を出してやっています。

 

 

 

今、振り返るとあの時の自分が理解出来ません。

 

「自分は出来損ないだ」とか言いながら、死にもの狂いで営業成績の表彰は取っていたんですよね。

 

それでも、自己否定が止まらなかった。

 

 

別に自分を痛めつける相手に従う必要もないし、仕事をやめようがどうにでもなる。

不服なら言えばよかったし、そもそもサービス残業までしてもったいなかった。

 

 

バカみたい。

 

 

立ち直ったから言えることですが、後から思い返したらそんな感じなんですよ。

 

 

当時、死ななくて良かった。

死ぬ必要なんてなかった。

 

 

人生を自分を痛めつける人のために使ってやらなくて良かった。

 

 

 

そんなふうにさえ思います。



離れろ、全力で。

適応障害ってなんですか?

 

 

状況に主観的に適合できず、生活に支障をきたす程の影響を受けることだよ。

 

 

まぁ、きちんとした定義は調べてくれ。

 

 

でも、ストレス原因からきちんと離れて、順を追って起き上がれば、きちんと立ち直れると思うよ。

 

 

繰り返しですが、自分を酷い目に合わせているもののために自分の人生を使ってやる必要はないんですよ。

 

 

やばそうなときは逃げていい。

 

 

逃げ方は考える必要があるけど。

 

きちんと離れたら、後から「あの時の自分はどうかしてたなぁ」と思えるようになるから。

 

 

と、今回は重たい話をしてみました。

 

でもね、重たい話ほど隠さずきちんと言った方が読む人には価値があるんじゃないかな、と思ったんですよ。

 

 

 

 

 




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