雑記

人は報われたがっているから、ぶつかってしまうという話。

こんにちは、うさみしんごです。

 

 

人間関係でぶつかったり、うまくいかないという悩みはないですか?

 

 

 

私はしょっちゅう夫婦喧嘩をしているので、頻繁に頭を悩ませています。

 

 

下手すると毎日、夫婦喧嘩してます。

 

 

 

夫婦間の仲についてはおいておきますが、今回は「人がぶつかる原因は、報われたがる生き物だから」という意見を述べていこうと思います。

 



人は報われたがっている。

教育過程において「いつか報われるから努力しなさい」という言葉をかけられた人が多いはずです。

 

 

報われる、とは努力や苦労に見合った成果や報酬を得ることです。

 

 

いつか良いことがあるから頑張ろうね、我慢しようね、というニュアンスで使われることが多い言葉です。

 

 

そして、人は報われたがる生き物です。

 

これだけ頑張ったから。
これだけ我慢しているから。
これだけ耐えているから。

 

 

 

「私は認められるし、褒められる。良い成果やご褒美をもらえて然るべき」

 

 

 

そんなふうに考えたい生き物なんです。

 

どうでしょう、少なからず感じたことはありませんか?

 

 

 

周りを見て、そんなことを考えていそうな人を見かけたことはありませんか?

現実はどうだろう?

現実はどうでしょう?

 

自分が苦労すれば。
自分が努力すれば。
自分が我慢すれば。

 

良い結果につながったり、ご褒美をもらえたりするでしょうか?

 

 

本人が努力や苦労に見合う十分なものだ、と主観的に感じられるような成果や報酬は必ず用意されているでしょうか?

 

用意されてないですよね。

 

 

そもそも、そのご褒美は誰が用意するのでしょうか?

 

 

 

というわけで、日常生活では努力や苦労が報われない場面が頻繁にあります。

 

 

 

しかし、本人は「自分は報われて然るべき」と思っています。

 

 

 

報われることが、妥当だ、当たり前だ、と感じているのです。

 

 

だから報われなかった時にはフラストレーションが発生します。

 

 

 

そして、そのフラストレーションはその人から見て落ち度があると思われる人に向います。

 

 

 

 

あくまで、その人本人の主観で判断されるので、客観的に責められる理由になっていないこともあります。

互いに報われたがるほど、ぶつかる。

夫婦喧嘩でよくあるシーンで例えましょう。

 

妻「家事や子育ては全部、私にさせるくせに!」

 

夫「俺は家族のために、仕事をしないといけないのはわかるだろ!?」

 

妻「私たちと仕事、どっちが大切なの!?」

はい。

 

 

よくある話ですね。

 

この時、互いにどう考えているのでしょうか?

【妻】

家事や育児が大変。自分はしんどくなるほど頑張っているし、我慢もしている。

 

なのに、夫は遅くに帰ってきて、さっさとご飯を食べようとしている。

 

私はこんなに大変なのに、一言もないのか。

 

と、こんな感じでしょうか。

【夫】
今日も残業までして、ようやく帰宅。

仕事に通勤と疲れたし、一息つきたい。

 

え?「働いてきたのに、もっとやれ」というのか?

 

家族を食べさせるだけの仕事を、ストレスだって抱えてやっているのに。

何故、仕事の苦労を無かったように扱うのか。

という感じでいいですかね。

 

 

人は報われたがる生き物です。

 

 

 

もう少し正確に言えば、自分の苦労や努力が自分の主観で捉えた時に十分と言えるレベルで報われることを欲する生き物です。

 

 

 

基本的に報われることを欲しているのは「自分の努力や苦労」に対してです。

 

 

だから、相手側も同じように報われたがっている、というポイントを落とします。

 

 

 

そして、お互いが相手に対して「自分に対しての報酬や承認」を求めます。

 

 

結果「俺は、私はこんなに苦労したのに、認めてくれない!」という衝突が発生します。

視点の遠近感

よくある夫婦喧嘩を例にあげました。

 

 

ハタから見てれば「どっちも大切だし、お互い様で良いじゃない」と感じます。

 

 

 

では、何故自分が、その状況に置かれると俯瞰して、客観的に「お互い様だよね」と言えなくなるのでしょうか?

 

 

 

それは、自分の主観や心情が勝るからです。

 

 

人のものの見方には遠近感があります。

自分の目の前に置いた自分の親指と遥か遠くの高層ビルを見比べると、自分の指が大きく見えるように。

 

 

自分の近くにある自分の心情と、離れたところにある相手の状況を比べると、どうしても自分の心情の方が大きく、はっきりと、強く見えてしまうのです。

 

 

相手も同じです。

 

 

だから、こういう問答をしているときは「なんて自分勝手なことをいうのだろう」と相手に対して感じるのです。

 

 

相手も同じように、あなたを自分勝手なやつだと感じています。

 



強いて言うなら承認の癖つけ

報われたがりの人と人が衝突しないようにする、というのは難しいものです。

 

 

自分だけではなく、互いに考えを改めなければなりません。

 

 

 

しかも、やらされ感がないように。自主的に。

これだけでも難易度が高いのです。

 

 

 

更に、考えを改める、というのも「強く、はっきりと、大きく感じる報われないことへのフラストレーション」に打ち勝つか受け入れないと実現できないのです。

 

 

 

極論、世の中の人が皆、悟りを開かなければまなりません。

 

 

 

現実的な方法としては、相手を認めて「承認している、感謝している」という態度を習慣として使っていくことかと思います。

 

 

 

相手から見て「報われた」と思わせられるような程度で、かつ自分の不満にならないところから。

 

結局、報われたかどうかは主観で判断されるので相手が「報われた」と思いさえすればいいのです。

 

 

 

聖人君子にはなれなくても、できることもあるんじゃないかな、とは思います。

 

 

 

というわけで、よくあるような当たり障りのない結論になりましたがこんな感じで。